沿革

HISTORY

1972年(昭和47年)

5月23日、全日本スクリーンプロセス印刷業組合連合会を母体として「全日本スクリーン印刷協同組合連合会」を創立。

会員数は「東京スクリーン印刷協同組合」「東京スクリーン印刷工業協同組合」「神奈川県スクリーン印刷協同組合」「愛知県スクリーン印刷協同組合」「大阪スクリーン印刷協同組合」「北海道スクリーン印刷協同組合」の6組合・171社。

初代会長に松井喜重氏(株式会社松井美藝堂)が就任。

1973年(昭和48年)

「静岡県スクリーン印刷協同組合」「兵庫県スクリーン印刷協同組合」が加入し、会員数は8組合・197社となる。

賛助会員制度を導入。

1974年(昭和49年)

汎太平洋東京会議を開催(日・米・加・西独・豪)。

第1次構造改善事業が承認される。

1975年(昭和50年)

「群馬県スクリーン印刷協同組合」「東京容器印刷協同組合」「石川県スクリーン印刷協同組合」「福岡県スクリーン印刷協同組合」が加入し、会員数は12組合・238社となる。

1976年(昭和51年)

春の叙勲・褒章にて松井喜重初代会長(株式会社松井美藝堂)が勲五等瑞宝章を受章。

1977年(昭和52年)

春の叙勲・褒章にて戸谷敬一郎専務理事(日本プロセス工芸株式会社)が藍綬褒章を受章。

1978年(昭和53年)

連合会のロゴマークを制定。

春の叙勲・褒章にて遠山弥七元副会長(遠山工芸株式会社)が勲五等瑞宝章を受章。

1979年(昭和54年)

スクリーン印刷技能検定研究会を発足。

1981年(昭和56年)

「東京スクリーン印刷工業協同組合」「東京容器印刷協同組合」「静岡県スクリーン印刷協同組合」「石川県スクリーン印刷協同組合」「兵庫県スクリーン印刷協同組合」が退会し、会員数は7組合・140社となる。

第2代会長に戸谷敬一郎氏(日本プロセス工芸株式会社)が就任。

第2次構造改善事業が承認される。

初代会長の松井喜重氏(株式会社松井美藝堂)が逝去。

第1回JSP特殊印刷(スクリーン・グラビア・シール)総合展示会を開催。

1982年(昭和57年)

5月、会報『スクリーン印刷界』(現在は『スクリーン・デジタル印刷界』)を創刊。

1983年(昭和58年)

秋の叙勲・褒章にて河合武一副会長(富士スクリーン工業株式会社)が勲五等瑞宝章を受章。

『スクリーン印刷界』の表紙コンクール、「第1回スクリーン印刷界表紙コンクール」を実施。

「静岡県スクリーン印刷協同組合」が再入会し、会員数は8組合・173社となる。

1984年(昭和59年)

第2回JSP特殊印刷(スクリーン・グラビア・シール)総合展示会を開催。

1985年(昭和60年)

春の叙勲・褒章にて戸谷敬一郎第2代会長(日本プロセス工芸株式会社)が勲五等双光旭日章を受章。

「石川県スクリーン印刷協同組合」が再入会し、会員数は9組合・182社となる。

国際交流会議を東京で開催、236名が参加。

活路開拓ビジョン調査事業を実施。

1986年(昭和61年)

「兵庫県スクリーン印刷協同組合」が再入会し、会員数は10組合・194社となる。

オランダのスクリーン印刷業者との日蘭スクリーン印刷技術交流会を東京で開催。

1988年(昭和63年)

第3次構造改善事業が承認される。

1989年(昭和64年・平成元年)

第3回JSP特殊印刷(スクリーン・グラビア・シール)総合展示会を開催。

1990年(平成2年)

「東京スクリーン印刷工業協同組合」が連合会に再入会し、会員数は11組合・278社となる。

1991年(平成3年)

春の叙勲・褒章にて東一雄副会長(旭シルク印刷株式会社)が勲五等瑞宝章を受章。

1993年(平成5年)

春の叙勲・褒章にて岡田一雄元副会長(山起株式会社)が勲五等瑞宝章を受章。

第3代会長に長嶋福太郎氏(翁スクリーン印刷工業株式会社)が就任。

「岐阜県スクリーン印刷協同組合」が設立され入会、会員数は12組合・298社となる。

第4回JSP特殊印刷(スクリーン・グラビア・シール)総合展示会を開催。

国際委員会が発足。

1994年(平成6年)

「福岡県スクリーン印刷協同組合」が解散・退会し、会員数は11組合・261社となる。

SPAIがSGIAに名称変更。

ASGAの前身、APSPA会議がインドネシア・ジャカルタにて開催。

1995年(平成7年)

「宮城県スクリーン印刷協同組合」が設立され入会、会員数は12組合・256社となる。

第4代会長に熊沢嘉孝氏(熊沢印刷工芸株式会社)が就任。

第4次構造改善事業が承認される。

1996年(平成8年)

春の叙勲・褒章にて七條計真元副会長(株式会社市甚)が勲五等瑞宝章を受章。

ASGAの前身、APSPAの設立総会がタイ・バンコクにて開催。

1997年(平成9年)

第5代会長に内田德男氏(株式会社ユー・コーポレーション)が就任。

APSPAがASGAに名称変更。

1998年(平成10年)

「東京スクリーン印刷協同組合」と「東京スクリーン印刷工業協同組合」が合併し「東京スクリーン印刷産業協同組合」が誕生。同組合が入会し、会員数は11組合・230社となる。

初めてCMMJAPANとの共催でCMMJAPAN&JSP1998展を開催、作品コンテストも実施。

連合会ホームページを開設。

日本スクリーン印刷資機材工業会と「スクリーン印刷懇話会」を発足。

1999年(平成11年)

「広島県スクリーン印刷産業協同組合」が入会、会員数は12組合・245社となる。

ASGA会長に内田德男会長(株式会社ユー・コーポレーション)が就任。

2000年(平成12年)

「埼玉スクリーン印刷匠協同組合」が入会、会員数は13組合・259社となる。

2001年(平成13年)

4月13日、横浜のホテルニューグランドで創立30周年記念式典を開催。

創立30周年を記念し資機材工業会の協力の下、フィリピンの大学にスクリーン印刷資機材を寄贈。

連合会事務所が千代田区外神田から千代田区東神田に移転。

CMMJAPAN&JSP2001展を開催。

ASGAの第1回東京国際会議を開催。

ASGA初の展示会、ASGA2001を中国・北京で開催。

2002年(平成14年)

「兵庫県スクリーン印刷協同組合」が退会し、会員数は12組合・238社となる。

日本印刷産業連合会が「スクリーン印刷サービス」グリーン基準を制定。

SGIAのマイケル・ロバートソン会長が来日し歓迎レセプションを開催。

2003年(平成15年)

静岡組合の株式会社イズミプロセス社が「印刷産業環境優良工場表彰」を組合員として初めて受賞。

2004年(平成16年)

秋の叙勲・褒章にて熊沢嘉孝第4代会長(熊沢印刷工芸株式会社)が旭日双光章を受章。

「広島県スクリーン印刷産業協同組合」が退会し、会員数は11組合・216社となる。

「第7回コンバーティング機材、特殊印刷展、新機能性材料展(前CMMJAPAN&JSP)」を共催。

ASGA国際会議を東京で開催。

2007年(平成19年)

「第8回コンバーティング機材、特殊印刷展、新機能性材料展」に出展。

ASGA国際会議を東京で開催。

2008年(平成20年)

SGIA-Jの解散を受けてSGIA-JCが発足。

2009年(平成21年)

秋の叙勲・褒章にて内田德男第5代会長(株式会社ユー・コーポレーション)が旭日小綬章を受章。

3月、団体名を「全日本スクリーン印刷協同組合連合会」から「全日本スクリーン・デジタル印刷協同組合連合会」に変更。

第6代会長に吉田弘氏(株式会社吉田製作所)が就任。

2010年(平成22年)

春の叙勲褒章にて國枝德雄元副会長(株式会社スクリーンプロセスクニエダ)が瑞宝単光章を受章。

「第9回コンバーティング機材、特殊印刷展、新機能性材料展」に出展。

ASGA国際会議を東京で開催。

経済産業省の委託を受けて全印工連が実施した印刷産業海外展開促進事業の一環として「ニューヨーク国際ギフトフェア2010冬展」に組合員6社が製品を出展。

2011年(平成23年)

ASGA会長に吉田弘会長(株式会社吉田製作所)が就任。

東日本大震災を受けて組合員86社から集まった義援金を東北組合に贈る。

2012年(平成24年)

東北組合の加美電子工業株式会社が組合員で初めて印刷産業環境優良工場表彰の「経済産業省商務情報政策局長賞」を受賞。

2013年(平成25年)

ASGA国際会議を東京で開催、初めて「技術セミナー」を開催。

上海でASGA協賛の下に開催された、FESPA中国展示会で吉田会長が環境をテーマに講演。

2014年(平成26年)

『スクリーン・デジタル印刷界』誌上で組合員企業紹介を開始。

2015年(平成27年)

第7代会長に吉見正彦氏(マルワ工業株式会社)が就任。

「静岡県スクリーン・デジタル印刷協同組合」が退会し、会員数は10組合・161社となる。

2016年(平成28年)

秋の叙勲・褒章にて吉田弘第6代会長(株式会社吉田製作所)が旭日小綬章を受章。

組合員全社を対象に四半期ごとに実施する「景気動向調査」を開始。

『スクリーン・デジタル印刷界』誌上で技術コラム「高品質スクリーン印刷技術の普及のために(執筆者:佐野康氏)」の連載開始。

2017年(平成29年)

印刷用語集におけるスクリーン印刷用語39語の見直しを日本印刷産業連合会に提案。

2018年(平成30年)

IGAS(国際総合印刷テクノロジー&ソリューション展)2018に連合会と東京組合が共同出展。

2019年(令和元年)

第8代会長に内藤正和氏(内藤プロセス株式会社)が就任。

『スクリーン・デジタル印刷界』の表紙コンクールの投票形式を全国大会当日投票から事前投票に変更。

2020年(令和2年)

秋の叙勲・褒章にて西田勇一副会長(福泉工業株式会社)が旭日双光章を受章。

「群馬県スクリーン・デジタル印刷協同組合」と「石川県スクリーン・デジタル印刷協同組合」が退会し、会員数は8組合・149社となる。

連合会事務所が千代田区東神田から千代田区神田神保町に移転。

新しい連合会事務所内に組合員の製品を展示する連合会ショールームを開設。

「JP2020・ICTと印刷展」に連合会と西日本組合が共同出展。

新型コロナウィルス感染拡大の影響により第49回全国大会を中止、第49回通常総会のみ連合会事務所で開催。

2021年(令和3年)

スクリーン・デジタル印刷に携わる社員向けテキスト『スクリーン印刷作業マニュアル』を30年ぶりに改訂・発行。

『スクリーン・デジタル印刷界』誌上に、若手経営者14名によるオンライン座談会「若手経営者が印刷産業の未来を語る」を掲載、アフターコロナの業界の在り方を展望。

2022年(令和4年)

11月18日、上野精養軒で創立50周年記念式典を開催。式典において第99代内閣総理大臣菅義偉衆議院議員による特別講演を開催。

IGAS(国際総合印刷テクノロジー&ソリューション展)2022に連合会と東京組合が共同出展。

2023年(令和5年)

「埼玉スクリーン・デジタル印刷匠協同組合」が退会し、会員数は7組合・133社となる。

第53回全国大会を4年ぶりに対面方式で岐阜県長良川温泉にて開催。

第5代会長の内田德男氏(株式会社ユー・コーポレーション)が逝去。

2024年(令和6年)

新春大会を4年ぶりに対面方式でエクシブ湯河原離宮にて開催。

第4代会長の熊沢嘉孝氏(熊沢印刷工業株式会社)が逝去。

「第43回横浜開港祭」に連合会として初出展、子供を中心とした150名にエコバックの印刷体験会を実施。

「創立50周年記念史」を刊行。

連合会ホームページの会員検索機能を見直し改善。

『スクリーン・デジタル印刷界』にFESPAニュースレターの掲載開始。

富士フイルムの製版用フィルム製造・販売終了を受け、今後の製版動向に関するセミナーと工場見学会を開催。